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君主論11章、聖職者が治める国 アップルも信者がいるから安心か?

レビュー
木村 邦彦

法政大学文学部哲学科卒。記者、編集者。歴史、IT、金融、教育、スポーツなどのメディア運営に携わる。FP2級、宅建士。趣味はエアギターと絵画制作。コーヒー、競輪もこよなく愛す。執筆のご依頼募集中。

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マキャベリは宗教が支える国は一度成立すれば、その君主が無能であったとしても、維持は容易と述べています。そのような国は、以後は安泰なのでしょうか?

 マキャベリによって書かれ、1532年に刊行された政治学の著『君主論』。その第11章では、聖職者が君主として国を治めるケースについて書かれています。

 聖職者は財産や軍事力を持たないことが多く、実権を握ることが難しい。しかし、一度権力を握れば、その君主が無能であったとしても、以後の統治は容易としています。人民はその君主のもとに結束しているわけでなく、信仰心で結束しているからです。国の安定は君主の力量ではなく、宗教の力が担保しています。

 舞台を現代の「会社」に置き換えてみますと、企業の価値やイメージを高く認知してもらうための取り組みであるブランディングと関係がありそうです。

アップル信者と宗教の信者は同じ?

 たとえば、GAFAの一員である巨大企業アップル社には創業にまつわる「神話」、カリスマ創業者という「創造主」、熱心なファンである「信者」がいることに気づきます。同社には非常に忠誠心のあるファンたちがいます。彼彼女らは「アップル信者」とも呼ばれ、創業者スティーブ・ジョブズが追放され、無能な経営陣がかじ取りをしていた時代もWindowsに乗り換えず耐え忍びました。そして、ジョブズが1997年7月7日に暫定CEO(最高経営責任者)として復帰したときは、涙を流して歓迎したのです。アップルの新製品発表会を待ち望み、発売前夜には徹夜で行列に並ぶこともいといません。

 2011年にBBC(英国放送協会)のドキュメンタリー番組『スーパーブランドの秘密』[1][2]で、このアップル信者をMRI(磁気共鳴断層撮影装置)を用いて分析する実験が行われました。被験者はアップルの製品を多数所有するアレックス青年。24時間、アップルやそのガジェットばかり考えています。

 分析した結果、アップル製品を見ているときには、視覚皮質での活動が増加し、視覚的な注意が高まることが示されました。脳はより注意深く見ており、目がそれを全て吸収しているようです。分析に協力した科学者たちは、宗教的な信者たちの分析結果とに類似していると指摘したのです。

神話で束ねる

 少数の集まりが結束するためには神話は必要ないかもしれませんが、膨大な数の人を束ねるためには便利な要素です。アメリカのアメリカンドリームのように、巨大な集合体を束ね、維持するために神話が欠かせないのです。ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』で「厖大な数の見知らぬ人どうしも、共通の神話を信じることによって、首尾良く協力できるのだ」[3]と語っています。アップルのような「巨大帝国」も、「神話」に支えられていると言えそうです。

 さて、君主論に戻りましょう。聖職者によって統治される君主国は、成立してしまえば宗教によって支えられており、かんたんにはゆるぎません。安定した統治はメリットですが、君主が愚かなふるまいをしても問題になりにくい点は問題です。世代交代が行われにくいため、変化を好まない組織風土、業務の属人化、組織の不正などが進行しそうな土壌になりかねません。

 魅力的な「神話」は安定した帝国(会社)を創出できますが、ただこれにばかり依存していては死に体になってしまいます。たえず新しい変化も求めなければならないのだと感じます。そうでなければ神話も、終わった組織による「昔話」になってしまうことでしょう。

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【脚注】

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